手にしたチケットはボックス席だったよって話
え!?あの日の濵田くんにインフルウィルスが潜伏してたの?
濵田くん…身体的にも精神的にもしんどいだろうな…代わってあげたいな。ドラえもーん> <(cv.のび太)
- ボックス席ってどんな感じ?
さてさて、続きです。
先人達の教えによると、ひとくちに制作開放席と言っても与えられるお席は多くの人が想像するであろうメンステ脇だったり、バクステ正面の('・ェ・`)うえのほー!!だったり、はたまた不正転売摘発による無効チケットから生まれた空席でアリーナというレアケースも散見され、様々なようで。ひとつのサンプルとしてご報告いたします。参考までに。
では実際どんなお席だったのか?発券されたチケットに表示されていたのは
「ボックス〇(お部屋番号)〇列〇番」
大昔、代々木体育館で行われたOASISの来日公演ででロイヤルボックスという席を引き当てた経験からなんとなく('・ェ・`)うえのほー!!だということは察しがついたので、3Fへ向かうもスタンド西への入口しか見つけられず、その場で確認すればいいのに何故か2Fに戻ってお手隙そうだった立見席の誘導係の方に尋ねると「3Fに入口があります」とのこと。改めて3Fに上がってもやっぱりわからなかったので人波に乗ってしれっとスタンド西入口から入ろうと係員の方にチケットを見せると右側にあるすりガラスの扉を指して「あ、ボックス席の方はあちらから入ってください。」
…ちゃんと見てる!!!!!!(あたりまえ)
指し示された扉を恐る恐る開けるとホテルのような通路の(西側から入って)左側に個室がボックス8~5に続いてスイート1~2、その向こうにボックス4~1の順番に並んでいて、黒のパンツスーツに身を包んだ女性スタッフが間隔を開けて2人いるのみ。扉の向こう側からは想像できない静けさ。
いまさっきトイレに並ぶ女の子の長い列を横目に通ってきたのに扉を隔てたこちら側はトイレもガラガラ…なにこれ、最高じゃない?
各お部屋には扉がついていますが、開演20分前のこの時点ではまだ開いていて該当のボックスに入ると3段くらいの短い階段を下ったところにソファセットとTVが備え付けてある前室的なお部屋に先客が2人。
※画像はHPからお借りしました。
私の挙動が不審だったのか、手にしていたスマホからぱっと視線をあげて
「あ、大丈夫でーす、合ってまーす」
あ、ありがとうございます…(おろおろ)
「そこのドア開けると席です」
「係員かよ」
教えていただいた通りに扉を開けようとすると異常に重くて開かない…
「ちょっと重いので強めに押すと開きますよー」
と教えられ、全力で押すと開きました。
眼前に広がる会場いっぱいのファンとステージ。
ボックス1~2と7~8は通路を挟んで2席×2席が3列。
ボックス3~6は同じく真ん中に通路を挟んで3席×3席が3列。
ちなみにスイートはフランス製の観覧席が通路なしの5席、2列の仕様だそう。
見てわかる通り椅子がふかふか。座席1つ1つの両サイドにそれぞれ肘掛があるのでシネコンみたいにお隣の方と気を遣い合う必要もありませんし、段差もしっかりとあるので私のような高身長(165cm)女がプラットフォーム15cmくらいのヒール靴を履いてても後ろの方にご迷惑をお掛けする心配もありません。履かないけど。
1列目前の手すりは若干低いので興奮して我を無くすタイプかつ私よりも更に高身長な方は落下の恐れがあるかもしれませんが理性を保って楽しめる方はたとえ高身長でも大丈夫そうです。
私と同室の方々は座席構成的に大体2連と1人だったせいかとても落ち着いていて終始立っている方はいませんでした。
今回ステージ構成はAパターンなのでアリーナ全体から見てちょうどセンステを真横から眺める感じ。
3列シートの間の通路が横花とほぼゼロズレ(わ!懐かしい響き)でした。
ステージからの距離的にはスタンド前列ブロックとほぼ同じで真下はアリーナ立見席です。視界を遮るものがなにもなく着席しても死角がないので自担ロックオンの野鳥の会タイプ且つ体力のないオタク(私)には最高のお席でした。
さて、ここで気になるのがスタトロどうなる問題。
メンバーはステージ下手からスタンド東に上がりトロッコで東から北を経由して西へ、そして南からステージ上手に戻りますが、スタンド上段と下段の間の通路を通るトロッコはスイート・ボックスシートに遮られスタンド西以降南側へ通ることが出来ません。そのためスタンド西でトロッコを降り、スイート・ボックス席上の通路から南の最上段まで上がりステージまで駆け下ります。
同室の皆さんはスタトロが西側にさしかかるとそっと団扇を胸のあたりに持って立ち上がり通路側を向いて待つというスタイルでした。
面積に対しての人口密度が低く(10~18人)そういう意味ではファンサの的中率は高いと思われます。
通路側から見て私の斜め前に神山くんの人がいたのですが神ちゃんはじーっとこちらを見るとその子の団扇を見つけて(見つけたときの表情がso cute)(`-´)ニコニコお手振り。
2列前の小瀧くんの人には小瀧くんが('・ェ・`)ありがとうと言って去っていきました。
目撃した私も幸せのお裾分けをいただいた瞬間でした♡
というわけで、総合的に考えて機会ががあればまた入りたいな、と思える良いお席です。
ちなみに終演後も通路で人と会うことはなく、すりガラスの扉を出ればあとは出口に向かうだけです。
現場からは以上です。
ただただ長いだけのつまらない話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
濵田くんが早く元気になりますよーに!
よ~ぉー、(・_・ノノ゙☆パンッ
制作開放席に当選した話
乱文ですが取り急ぎあげますー。鮮度が大事!!
- 製作開放席に当選しました!!
平成最後の年末年始も押し迫った2018年12月28日13:00。
時刻はお昼を過ぎていたが私はまだ休憩を取らずに仕事をしている時にそのメールは届きました。
(б∀б)落選したジャスミンの中からラッキィィィィィィィなSLAVEにTAMAR様からもう一度だけチャンスを与えるで!
…という内容でした。条件は以下の通り。
〇応募期間はメールが届いた12/28 13:00から2日後16:00までの51時間以内
当選者にのみ1/2夕方以降にメールするね!!
〇横浜アリーナ全6公演中1公演のみを選択して応募
〇1人あたり2枚まで、同行者情報を同時登録(FC非会員でもOK)
〇クレジットカード(当選時)即時決済
国内会社と提携しているほとんどの国際カードが使用出来ます。持ってる人と出会ったことないけどUnion PayはNG。
FC名義とクレカ名義が別人でも無問題。
〇ちょっと見にくい箇所があるお席かもしれないけど覚悟の上応募してね!!
弊社では年末年始休業は12/30~1/3ですが前後1日づつはお取引先の休業状況に合わせて規模を縮小しての営業となるため、年末or年始のどちらか1日(選択権はありません)を交代で休むのですが、何故か私はどちらも出勤を要求されていたので「私も4日か5日どちらか休ませてくださいおねがいしますこころがしにそうです」と上司に交渉した結果、1/5の休みをもぎ取った翌日の通知でした。ラッキィィィィィィィ。
というわけで1/5夜公演に迷わずエントリー。
当初同行予定だった友人は1次抽選落選の時点で帰省を決めており、話し合いの結果今回は私1人で行くことになりました。
が、メールを受け取ったその日はすっかりエントリーを忘れて寝てしまったので翌12/29朝、通勤電車の中でお財布からおもむろにクレジットカードをとりだしたりして早朝からこんなところででネットショッピングかよって視線を受けながら8:15無事応募完了。
その日は年末最後の土曜日ということもあってなかなかにヒマを持て余したので(仕事しろ)、制作開放席とはどういったものなのか?をレッツ検索!!
すると、まぁハズレることもあるらしいこととクレカ即時決済のため当選メールより先にカード会社側から決済通知が届くことがある、しかも決済日は応募した日!!ということが判明。
なるほどweb明細をチェックすればいいのか!と勇んでスマホに入ってるappで確認するも待てど暮らせど反映されず。クレカ会社によるとweb明細への反映は支払い先から決済情報が送られてきてから2~3日かかるとのこと。私がエントリーしたのは12/29なので大晦日から元旦にかけて、ということになる…はず!!なのに一向に反映されない。年末年始だからなのか?それとも落選なのか?(б∀б)焦らすの好きねぇ。結局1/2 18:00ジャニネの応募ページにて確認。当選メールは同日18:40に届きました。
ちなみに1/4にweb明細が更新され、確かにエントリーした12/29で決済が確定していました。つまり、エントリー後抽選とあるがメール送信時点で既にある程度の人数にまで絞られていて、座席数に対して応募が殺到した公演のみ再抽選なのか?はたまた先着順という可能性も否定出来ないか?あくまでも私個人の推測です。
ヒマすぎて潰す時間を持て余している方は以下、私のつまらない話を聞いてください。
お時間のない方は下から数えて10行目くらいまでぶわーっとスクロールしちゃってください。
というわけで急遽(と言っても中2日ある)コンサートに行けることに!!‹‹(´ω` )/››‹‹( ´)/››‹‹( ´ω`)/››
元々物販だけ買いに行くつもりにはしていたのだけれど急に3日後コンサートだよ!!てなってもなかなか実感がわかず。参加公演の1/5公演前は既に予定を入れてしまっていたので1/4仕事終わりに慌てて物販のため横浜アリーナに向かいました。
残業時間すら自分でコントロール出来ないブラック企業なので、なんとか会社を出たのが18:40過ぎ。会社の最寄りから新横浜まではどんなルートを使っても1時間弱かかります。電車を3回乗り継いで新横浜に着いたのが19:54。既に夜公演も終わっていたのでさっきまで好きな殿方たちと楽しい時間を過ごした幸せそうな女の子たちを横目にセンテニアホールに向かいます。横浜アリーナ正面口右手の歩道橋には寒い中まだグッズ販売所へ矢印を向けた看板を掲げるスタッフさんがいました。案内に従って到着したセンテニアホール入口前、時刻は20:05
「本日の販売受付は終了しました」との声が…。
え?いつですか
「10分くらい前です。」
そうですか…わかりました。ありがとうございました。
せめてものお土産に終演後の物販終了予定時刻を確認したところ、客入りによって左右されるそうで具体的な目安もなく、都度現地に足を運ぶより他ないそうです。
購入したグッズを持ち帰ることを想定して家から持ってきたロンシャンにはその日後輩からいただいた青森土産の鮭とばと燻製イカだけが入っていました。ロンシャン無駄にならなくて良かったな…。帰宅後コレを肴に日本酒飲んだんですけど美味しかったです。コンサート前は日本酒は止めとくつもりだったんだけどな。浮腫むから。翌日はメイク前に美顔ローラーコロコロしました、必死に。
そんなこんなでグッズチャレンジに失敗した翌日の1/5。
2週間後の新潟公演に備えて予約していた美容室でトリートメントを受け、自担指定の黒タートルに合わせて急遽ヘアアレンジを施してもらって、いざ!横浜アリーナへ。
つい数年前までは身分証提示の上渡された紙チケットの代わりに当選メールと共に送られてきたURLからスマホに表示した(もちろんFCページからも表示可能です)QRコードを手に正面入り口から会場入り。1次抽選での当選または復活当選組の方々と変わりません。普通にQRコードを読みとって発券→手荷物チェック。身分証も会員証も提示を求められませんでした。持ってたけど。
さて、制作開放席とはどんなお席なのか?
長いので次に続きます。
救世主になれなかったファンのお話
私は二階堂高嗣くんを担当しています。いました。
二階堂担降りたいと思ったことがないと言ったら嘘になるけど、降りたいと言うよりは降りるべきなんじゃないかと今は感じています。いや、もう限界なのかもしれない。
自分を正当化するつもりはないので先に明かしておくと、二階堂くんの他にも推してる存在がいます。今更何を言っても、結局他の人に心奪われたからだと言われればそれまでです。
この期に及んで二階堂くんのどこがダメだとか運営がどうだとか言いたくないのでそこには極力言及しません。極力。
今までただただ二階堂くんを追いかけて走ってきたから、自分自身が何を感じてきて今何を思っているのか、辿ってきた道も進んでいく未来も何もわからなくなってしまった。
ていうかキスマイ自体が迷子じゃない?
私はもやもやしたまま新年を迎えたくはないので、一度立ち止まって気持ちを整理してみようと思います。
…とか言ってこの文書は既に秋口から何度も何度も編集を繰り返してるんだけどね。
安心とかじゃない。それよりも身につけて安心するものは腕時計。
大事な人から頂いた特別な腕時計。自分の支えになってる。
私は以前よくしてたオメガスピードマスタープロフェッショナルの方が圧倒的に好きです。私が好きだった二階堂くんにとても良く似合ってた。
私にとって二階堂くんの右手首に光る高級腕時計は、とてもとても重たい鎖にしかみえないけど、彼はきっとその高級腕時計をくれた人のようになりたいんだろうなって、二階堂担ならだれもが気が付いてると思います。
それがただの憧れならば、その人が二階堂くんから離れてくれたら、私が好きだったオメガスピードマスターをしてた頃の二階堂くんが戻ってくる、そう思っていました。
でも、二階堂くんにとって特別なその腕時計が支えだというのなら、その人はただの憧れではなく彼にとって救世主なのかもしれない。 そして、もしもその人が二階堂くんの救世主なら、その人が二階堂くんの元を去ることで、彼はきっと悲しむし、傷つくかもしれない。
こんなことになって、今でも好きだなんて言えないけど、二階堂くんには幸せで笑顔でいて欲しいです。
二階堂くんの笑顔が好きだったから。
誰も二階堂くんを傷つけたり裏切らないで欲しい。
だけどその人は私にとって私が好きだった二階堂くんを奪った人でもあって、同時に二階堂くんが大切にしているその人から離れることも願わずにはいられないのです。
それがシナリオ通りだったかどうかは置いといて、私たちから見える部分でユニットをプロデュースし楽曲やレギュラー番組を与えてくれたその人は確かに救世主なのかもしれません。(私にはとんだ茶番にみえたけど)
あの頃の二階堂くんは後列から救いだしてくれる誰かを必要としてたのかな。
私は二階堂くんの救世主にはなれなかった。
無力なオタクの分際で出来ることなんて無かったかもしれないけど、私が敏腕プロデューサーだったら職権乱用して月9に二階堂くんを主演でキャスティングできたかもしれないし、あと1枚でも多く二階堂くんの個人盤を買って需要アピールしてたら、二階堂くんは後列じゃなかったかもしれないし、もっと上手に言葉を紡げたらファンレターでも書いて寄り添ってあげられたかもしれない。
そしたら、二階堂くんはもう少しファンを信用してくれてたかもしれない。
二階堂くんがファンレ読んでるかどうかは知らないけど。
でも私は何一つできなかった。
だから私にその人を否定する権利はありません。
私は二階堂くんを救えなかったしその人は二階堂くんを救えたから。
10年以上ジャニオタやってきて初めて自担のやりたいこととファンとして求めることの不一致を感じました。そんなこと考えたこともなかった。
何かを求めるというより提示されたものを受け取って楽しむものだと思ってたのに、大きなズレを感じたことによって実は理想とするアイドル像が自分の中に存在したという事実に初めて気が付いて驚いたし、そんな自分が傲慢な気がした。
二階堂くんは私が望むようなアイドルにならなくて良いのです。
そして私も望まない二階堂くんの姿を受け入れられなくても別にかまわない。
私が好きになった20歳のアイドルだった二階堂くんは27歳になったし私も7つ歳を重ねた。
その間に二階堂くんは大人になって私も変わってしまった。
変わらないものなんてないんだってわかってはいるけど、変わらないものだと思ってた。
二階堂くんが好きだったよ。
もう何年もしんどいことの方が多かった気がするけど楽しいことも沢山あった。
緑色に染まるドームはとても美しかったし、緑色の光に包まれる二階堂くんの笑顔を見られたこともその光のひとつだったことも本当に本当に嬉しかった。
たとえそれが私の望まない姿だったとしても、二階堂くんが思い描く自分になるためのチカラになりたかった。
私なりに精一杯で向き合ってきたからちょっと疲れてしまった。
ほんの少しだけお休みしたいな、なんて思うけど休んだらもう戻れないのかもしれない。
私1人いなくたって二階堂くんのファンはたくさんいるけれど、こういう時に自分を大勢の中の1人だと言うのは言い訳でしかない。
正直、今でも二階堂くんを全力で担当してる方が羨ましいです。
2年越しのアルバムリリースもユニットの結成4周年も一緒に喜んであげたかった。
希望が叶って良かったね、とは思うけど私自身は喜べないでいる。
もちろんすべては私次第で、もっと前向きに受け取ることができたらなんだって楽しめたんだけど、自分でもコントロール出来ない感情ってあるんだね。
二階堂くんの思い描く未来を一緒に夢見てあげられない私は、たぶんもう二階堂くんを担当してるとは言えないんだろうな。
私は二階堂くんのファンでいた間に、二階堂くんになにかしてあげられたのかな。
舞祭組爆発しろ。